サボテンの気持ち

とある当事者のメモ帳。たまに日常。

信用と期待と私の感情

今回は私がずっと書くか書かないか悩んでいたことを書きたいと思います。

最近私が思っていることなのですが、人を信じることって難しいですよね。自分が他の人に対して信じているだけなのかそれとも期待しているのか、分からなくなりました。

 

例えばここ数年の出来事では、仲良くなった人を信用してその人に相談しても、どこかから情報が漏れていたりして戸惑ったことがあります。それはこの人なら大丈夫と思っていて話していたわけですので、期待を裏切られた感じが強く出てしまってモヤモヤしました。他の場合ではきっと改善してくれるだろうと信じていたことを無下にされたり、様々な事がありました。もちろん、私が出来ていなかった事もあります。そこはお互い様なのかもしれませんが、とある人との事ではどうしても私が譲りたくないところだったので深い溝ができてしまいました。譲れないところとの境界線の引き方は難しいですね。

 

厳密には信用と期待は違うものなのですが、私はどうしても信用している人には同時に期待してしまいます。それは「この人なら大丈夫だろう」と思って、私の感情を押し付けているだけだと最近気づきました。もしそれを逆の立場で考えたら、相手から期待を押し付けられてるのはプレッシャーになると思います。そう考えだすと信用するって何だろう?と思うようになり、答えを見つけられないまま時間だけが過ぎて行きました。今もわかっていません。

 

それに加えて「あまり人に期待し過ぎない方が良い」という言葉を知り、私はもう少し自分で色々なことを対処できるようになりたいと思いました。人に期待しすぎると、期待通りに行かなかった時にどうして良いかわからなくなってしまいます。そういう私は人に頼り過ぎていたのかもしれません。もちろん、1人で抱え込むのは良くない時もありますので、周りの人に頼る部分と頼らない部分を自分の中でわけるようにしたいです。そしてもう少し精神的に自立していくことを目標にしようと思いました。この問題とはゆっくり向き合っていきたいです。

 

 

 

最後に、最近プライベートで色々な事が重なってしまっているので今が踏ん張りところだと思っています。一つ一つの問題に対して優先順位をつけたり、対処方を探して解決を目指します。ブログに関しては続けていきたいと思っていますので、これからも読んでくださると嬉しいです。

 

最後まで読んで下さってありがとうございました。

深く狭くに憧れて

いきなりですが私は今まで何事も広く浅く過ごしていました。

趣味もそうです。友人や恋人の好きなものを知りたくて色々な物に触れてきましたが、どれも私の中で中途半端になってしまっています。一貫して好きなものがなかった私は、狭く深く自分の趣味について熱く語れる人が羨ましいです。のめり込めるほど好きなものがない、と言うのは少し虚しくなります。

 

私は好きなものについて嬉しそうに語っている人達が好きです。何故か私の周りには何かしら一貫して好きな趣味を持つ人や、それについて努力できる人が多いです。好きこそ物の上手なれ、なのかその人達にどんどん置いていかれます。そしてその友人達は眩しいくらいいきいきしています。私はどの趣味も好きですがどれも中途半端、しかも周りにはその趣味を自分なりに極めてきた人達がいる。いつしか同じ趣味でも会話の内容は専門的になってきて私には理解できない領域へ。そんな事が続いて私は自分を薄っぺらい人間だと思うようになりました。好きなものを周りに合わせて、私は何をしてきたのだろうと。

 

結局は私は憧れているだけなのかもしれません。私も友人達みたいになりたい。キラキラしたい。好きなものについて語りたい。

 

そんな私にも自分から興味を持って好きになったものはあります。波はありますがそこそこ続いています。ですが、私がそれについて話してもなかなか聞いてくれる人は居ませんでした。聞いてもらえないのは、私が薄っぺらいからなのか?と本気で悩んだこともあります。そんな時に友人からも裏表がありそうと言われて自分に自信を無くしました。

 

話が逸れましたね。

私が一番悲しかったのは「それは私にはわからない分野だから」と一蹴され、話題をすぐに変えられた時です。

 

私は好きなものを続けるには、誰かに話したりして自分の気持ちを表現することも大事だと思っています。孤高でも良い、一人でも良いと思っている人も居るとは思いますが、私にとって好きなことについて誰かと語れる時はかけがえのないくらい楽しい時間です。でもなかなか難しいですね。

 

モヤモヤしているそんな時に好きな趣味で降級しました。それに加えて何か好きなことについて文章を書きたいと思っても、何も書けない自分に気づいてしまいました。胸を張って好きだと言えるものが何も無くて空っぽでどうしようもないなぁなんて。

 

しかし、落ち込んでばかりはいられません。

これからどうしたいか、どうなりたいかまだわかりませんが色々考えてみたいと思います。

 

最後まで読んでいただきありがとうございました!

 

 

何者にもなれていない不安

今回は素直な今の気持ちを書きたいと思います。

 

子供の頃になりたかった将来の姿。一度は掴んだその職業も、私の体調管理不足で手放しました。

仕事面に関しては今は思い描いた姿とはかけ離れていますが、それでも日常は続いています。

 

だからといって今の仕事は私の症状などと向き合うための訓練期間みたいなものであり、とても働きやすく不満などはありません。徐々に体力もついてきて、働きながらも少しずつ家事などとも両立できるようになってきました。ただ、たまに焦燥感にかられます。

 

一度は働けていた私ですが、20代で統合失調症になり数年間は働ける状態ではありはせんでした。学生時代に頑張った勉強も、なりたい職業の方向に対してかなりの重みを置いていたので今ではただの知識です。私の学生時代は何だったのかとやけになりそうな時もありました。

 

努力は必ずしも報われるわけではありません。報われなかった努力などはどこで気持ちを整理すれば良いのでしょうか。その感情と自分なりに少しずつ向き合って噛み砕いてきたと思っていましたが、未だに好きだった職場で働いていた頃の夢も見ます。しかし最近はそこまでショックを受けなくなりました。時間が解決してくれているのでしょうか。それとも少しずつ忘れているのでしょうか。この歳になって初めて、忘れることも大切なのだなと気付かされました。

 

夢を忘れて未だに何者にもなれず、自分のことすらよくわかっていません。ですが、それでも私は新しい目標を立てました。新しい資格を取りたいと思い、そのために勤務の合間に勉強を始めることにしました。努力が実らなくても、その過程で何かを得られるかもしれません。ネガティブに考えてばかりでは前にも進めませんし、ポジティブに考えたいと思いました。私と同年代の友人はキラキラした内容のものをSNSのタイムラインに投稿したりしていたりと、焦りはもちろんあります。しかし私に関しては私自身が頑張るしかないのです。

 

たとえ何者にもなれなくても、私はその時に出来ることを頑張りたいと思いました。「なりたい自分=結果」だけを重視するのではなく、変わりたいと思う自分や変わっていく自分についても注目していきたいです。そうすれば私は、もっと自分自身が好きになれるかもしれません。そのために少しづつマイペースに努力していきたいです。

 

課題は山ほどあります。まずは1つ、この半年間の目標として「勤務時間を増やして体調管理をし、休まずに続けて体力をつけること」に努めたいと思います。その合間に無理せず資格の勉強をしていきたいです。欲を言うならあとはダイエットも頑張りたいです。

 

今は今の仕事で無理をせずに出来る限り頑張りたいと思っています。症状と向き合いながらどこまで働けるのかを確かめたいですし、働けているという自信も持ちたいからです。それに私は「頑張りすぎることがある」と言われているので、ペース配分の練習にもなるのではないのかと思っています。

 

最後になりますがブログに関してもこれからも頑張って書いていきたいと思っています。

これからもよろしくお願いします。

 

最後まで読んでいただきありがとうございました。

頭の中が騒がしくなることについて。

新しい年が始まりました。

今年もよろしくお願いします。

 

最近の私は、年越しでバタバタと慌ただしく過ごしておりました。日常とは少し違う年末の忙しさに未だに慣れていないので、冬はなかなか落ち着けません。私はもともと冬になると体調を崩しやすくなるので、そのことにも警戒しつつ過ごしておりました。しかし、頭の中がぐるぐるする感じが出てきて少しだけ調子が良くない感じがしています。

 

頭の中が騒がしくなると、急に色々な考えの波に飲み込まれます。それは渦になってぐるぐると頭の中を巡ったり、色々な思考が溢れてきたりします。その思考に脈絡はありません。まるでどんどん湧き出てくる水のようで、せきとめようとしてもこぼれるように止まらなくなります。

そんな時にたまに感じるのが、「これ以上悪化したら、もしかしたら幻聴が聞こえ出すかもしれない」と言うことです。

 

上手に説明することが難しいのですが、幻聴が聞こえていた時のソワソワ感や頭の中の感じと少しだけ似ている気がするのです。頭の中が「わーっ!」とごちゃごちゃになってしまう感じです。ですからそう言う時は私はより一層服薬や自分の体調を気にかけるようにしています。年末は親戚が来るので頓服を飲むタイミングが難しいですが、タイミングを見計らって飲めるようになりました。

頓服を飲むと副作用が出たり出なかったりするので、そこが少し怖いです。現に最近親戚から「目が充血して目が眠そうだから、心配」と心配をかけてしまったことがありました。

 

私の場合は頭の中が騒がしくなると、他の症状も出てきます。ソワソワして落ち着かなかったり、不安や焦燥感で息が苦しくなったりします。そんな時に頓服を飲むのですが、なかなか思うようになりません。副作用だけ出てくるときもあります。私はもともと不安や緊張感が強いらしく、首や肩が物凄く凝ってしまいます。そしてそこから頭痛に繋がる時があります。精神的な症状から肉体的な症状までに繋がるのは、とてもきついです。1つ崩れると連鎖的に繋がってしまうので、まるで歯車が故障した時みたいです。身体や精神的な調子のバランスはとても大切なのだなと改めて思いました。

 

今年の目標は「体調管理をして、今よりもっと働けるようになること」ですので、マイペースに頑張りたいと思います。働けるようになってから、去年は休まずに勤務できたので自信も少しずつついてきました。この調子で努力します。そのためには1つ1つの症状と向き合って行きたいです。頓服に頼るのはもちろんですが、その他にもちょっとした対処法などを見つけたいです。

 

最後まで読んでいただきありがとうございました。

アンガーマネジメントについて思ったこと。

今年も残すところあと数日になりました。

今年が終わる前に私はアンガーマネジメントについて調べたり、本を読んでみたりしました。

今回はそこで私が感じたことを書いてみようと思います。

 

アンガーマネジメントとは簡単に説明すると、自分自身との怒りやイライラと向き合って出来るだけコントロールしようと言う考え方です。

 

最初に書きますが、私は結構気が短いです。すぐにイライラしてしまいますし、そのイライラを処理することが苦手でした。幸い怒っても態度までに出ることは少ないらしく、そこだけは救いでした。私自身の怒りと向き合えるようになりたくて、アンガーマネジメントを勉強してみたいと思ったのです。ですから、少しづつ考え方について調べて日常に取り入れようと思いました。

 

まず、私が実践できそうだと思ったのは「怒りから目をそらすこと」です。

はじめはイライラするとどうしてもその出来事の事ばかり考えてしまうので、「他のことに集中して別のことを考える」なんて出来るか心配でした。しかし、案外どうにかなります。例えば私は何かイライラした時に、自分の趣味について考えたり、好きなドラマや漫画の続きを考えたり、手に持っている物をただ観察したりするようにしました。だいたい私の観察対象はボールペンになります。

あと、好きな香りをかいで気分を落ち着けることもあります。ハンドクリームの香りなどですね。

そうすると、スーッと気持ちが少しだけ落ち着けるようになりました。

 

これは私も驚いたのですが、怒りのピークは短いらしく少しの間目を背けることができれば比較的に冷静になれるそうです。実践してみて私も気づけました。ですから、怒りが強い時に発言して家族や周囲の人と衝突したりする事を避けられるようになりました。これだけでも少しだけ変われたかな、と思います。

 

他には「自分の怒りを表現するために言葉の表現力を増やしたい」と思いました。語彙力などです。

これは怒り以外の私自身の気持ちを伝える時にも役に立つと思ってます。最近、周囲の人たちや友人、恋人とのすれ違いが増えてきたので気をつけたいと思っているところです。

嬉しい事を記録する「ハッピーログ」もつけたいです。イライラした時とかに読み返せると、自分を落ち着かせるアイテムになりそうです。

 

アンガーマネジメントについてはもっと深く勉強するつもりなので、また書きたいと思っています。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

 

 

 

体調が崩れた時に気をつけたいこと。

最近、やっと寒くなってきて冬っぽくなってきました。

今年の冬はあたたかいですね。

 

私は冬になると何故か体調を崩しやすくなります。気力も無くなってくるので、気をつけなければなりません。それに色々と忙しい季節になってくるので、余裕が無くなります。

 

私が最近体調を崩してきたなと思うのは、周りが気になり過ぎることや幻聴が聞こえる時があることです。頭の中が騒がしくなる時もあります。それに加えて不安などで息苦しくなり、今までの対処方だけでは太刀打ち出来なくなりました。吐き気もよく出てくるようになってきたので、再発しているのでは?思っています。

 

よくよく考えてみれば、腰や首を痛めてから運動があまり出来ていませんでした。運動が好きな私にとって、大変良いストレス発散になっていたことが出来ていなかったのはこたえました。私の疾患はストレスへの耐性が脆くなるモノなので、余裕が無い今の時期こそ気をつけなければなりません。運動以外の他の気分転換も試そうとしましたが、いまいち集中できずかえってモヤモヤしてしまう結果になりました。

 

統合失調症になったらストレスへの耐性が脆くなるらしいと書きましたが、これはストレスへの耐性のキャパシティの容量が減ってしまうかもしれないとのことです。例えばイメージ的には、健康な時をコップに水が貯まるようにストレスがたまっている状態だとします。ですが一度そのコップにひびが入ったり壊れてしまうと、自分自身が受け止められるストレスの量が減ってしまうらしいのです。驚きですよね。だたでさえ精神的に不安定になってしまうのに、どうすれば良いのだと思います。これについては自分の病気について勉強している時に教えてもらったのですが、ストレス発散をしっかりせねばと思いました。しかし適度なストレスは必要な時もあるみたいです。

 

私の場合はこのストレスとの向き合い方が苦手で、溜め込んでしまいます。そして自分では気づかないうちに重なりすぎると症状が出ます。まるで警告ランプみたいです。

 

最近の私が課題に感じ調べていることは、ストレスへの上手な向き合い方についてです。私は短気でイライラすることも多いので、アンガーマネジメントについても少し学びました。自分自信のイライラや怒りをコントロールしたいと言う考え方です。色々と学んでみて自分の感情と向き合ったり、認知の歪みについても知ることが出来ました。ですからこれからは学んだことを活かして、私の精神面と上手に向き合って行きたいと思います。

 

せっかく働けるようになり、体調の波はありますがまだお休みせずに過ごせているのでここで踏ん張りたいです。

新しい趣味や気分転換の方法なども見つけられたら良いなと思っています。

 

 

最後まで読んでいただきありがとございました。

 

 

 

少しだけ引きこもりたい午後

突然ですが私は、被害妄想がものすごく強い人です。

今、一人でカフェでこの文章を書いています。が、しかし被害妄想が強いのか周りが気になります。イヤホンで周りの音をシャットアウトしないとすぐにでも帰りたくなります。

 

私はこのブログで何度も周りが気になると書いてますが、具体的にどんな風に気になっているかこれを機に書いてみようと思います。

まず、ありえないとわかっていても、周りから何か批判されているのではないのか、笑われているのではないかと気が気ではありません。視線が気になりすぎて、周りをキョロキョロしてしまう事もあります。挙動不審みたいになります。自分でも挙動不審だとわかっていても、どうしても気になり過ぎて落ち着きません。他には恋人や友人といる時も被害妄想が出てしまう時もあります。気を許しているはずの人達の目でも、嫌われたのではないのか、何か私が間違ったことをしたのでは無いのかと考えてしまう時もあります。

 

この被害妄想の厄介なところは、頭では「違うはずだ」とわかっていても、どうしても感情面で割り切れないことです。ものすごく疲れますし、外に出ずに引きこもりたくなります。それでも私は、せっかく働けるところまできました。ここで体調を崩して働けなくなるのは避けたいです。

それに、私には一人暮らしをして自立するという目標があります。この目標のためにずっと頑張ってきました。

 

被害妄想が強く出てきたのは今思えば、最初に発症してしまった時かもしれません。もしくは他人に嫌われることが気になり過ぎていた学生時代かもしれません。最近、これは私の認知の歪みなのでは無いのかと考えたこともありますがよくわかりませんでした。何故ならば頭の中の理屈ではあり得ないと思えてるからです。感情面では割り切れないので、物凄くストレスになります。酷い時は、イヤホンをしていても逃げ出したくなります。お手上げです。

 

私はたまに被害妄想をこじらせすぎで、悪口や陰口を言われているのではないのかと「本当にそう言われているいるように聞こえてしまう」ことがあります。最初は被害妄想をこじらせ過ぎてついに幻聴まででてきたのかと驚きました。でもその声は幻聴の声とは少し感じ方が違うので、どちらかと言うと「錯覚」なのかもしれません。幻聴と錯覚の違いは私には難し過ぎてよくわかりませんが、きっと違うのだろうなと思っています。

 

私は耳栓やイヤホンなどで一時的にしのいでいますが、この対処法が通用しない時が来るのでは無いか物凄く不安です。最悪の場合は考えたくは無いので、そうなる前に他の対処法を見つけたいです。これは一人では絶対に難しいので、色々な人に相談してみたいと思います。

 

被害妄想が厄介な時は、イヤホンをつけて少し音量を上げていても周りの音が聞こえることです。耳が良いと言うよりは、聴覚が敏感になっているのだと思います。きっと体調が崩れているのかもしれません。体調管理って難しいですね。自分では気をつけているつもりでも、どうしても上手にいきません。これからずっと頑張っていけるのでしょうか。生きにくさばかり増えていきます。それでも出来るだけのことは実行していきたいです。

 

最後まで読んでいただきありがとうございました。