サボテンの気持ち

とある統合失調症当事者のメモ帳。たまに日常。

変わりゆくものに流されていても

好きなものを忘れていくということ、仲の良かった人と疎遠になっていくこと。最近は色々な身の回りの変化に振り回されながら、それでも時間だけは過ぎていくことに焦りを感じています。それと同時に私も変化しているのでしょうか、私にはまだ自分の事がわかりません。

 

好きなものを好きであり続ける事はとても難しい事だと思います。私は色々な事に軽く触れていますが、どれも中途半端です。ずっと何かを好きでい続けている人と比べると、実力もありませんし長続きもしません。最初は憧れるのです。この人みたいになって強くなりたい。上手になりたい。もっと好きなものを理解したい。好きなものにのめり込みたい。ただ、ふとした瞬間に私のモチベーションがなくなります。例えば憧れていた人が、仲が良かった人がそのコンテンツを引退した。私自身が忙しくなり手をつけられなくなって停滞や後退をしてしまったなど。

疎遠になっていく友人関係も正直にいうと「こんなに簡単に崩れるものなのね」と思っています。そんなに儚くて脆い関係が、続いていたのが奇跡みたいな事だった事に気付かされます。

 

確かに学生時代ほど毎日顔を合わせるわけでもありませんし、色々な環境も変わってしまいました。友人関係はどちらかが関係を保つ努力を怠ったら疎遠になりやすいと思っています。対人関係は常に移りゆくものです。きっと、好きなものに対してもそうなのでしょう。好きで居続けることは努力も必要だと思いますが、変化するものもあるのかな?と。今の私のキャパシティでは抱えられなくなっている可能性もあります。

 

好きなものを好きで居続けられることも、よくよく考えてみたら奇跡なのかもしれません。「このコンテンツが好き」「これが好き」「この人の人間性が好き」どれも何かを好きで居続けられる人が眩しく見えるのはこれからも変わらないと思います。きっと小さな奇跡を見ている感覚になるのかもしれません。好きなものについて語っている人の話を聞くのは楽しいです。そしてその話を聞くことは私は好きです。もしかしたら私が好きな「モノ」は物ではないのかもしれません。「事」の方が近いかもですね。

話がよくわからなくなってきましたね。

 

私は今、身の回りがの色々な変化に対して流されているだけではなく、私自身も変わりました。病状が最悪で入院していた頃に比べれば資格の勉強やPC操作の練習もできます。就活だってできます。

 

ただ、流されているのもつまらないので変化の中を泳げる人になりたいものです。

 

最後まで読んでいただきありがとうございました。